Aug

25

オリンピックの太陽

はぴトレについて|August 25,2008 10:52 AM

北京オリンピックが閉幕しました。
時を同じくして、夏休みも終わりにさしかかり、吹く風に秋の気配が漂うようになりました。
夜の長さを感じる季節です。

みなさんの印象に残っている北京オリンピックの名場面は、なんですか。

私は、人生の目標を定め突き詰めてきた人間のだけが持つ、輝いた表情が、とても印象に残っています。

中でも、日本男子400メートルリレーの銅メダルは、感動的でした。
陸上のトラック種目でのメダル獲得は、1928年アムステルダム大会の女子800メートルで人見絹枝が銀メダルをとって以来80年ぶりっというのですから、まるでハレー彗星並み。
そんな歴史の瞬間を目撃したことと、レース後の選手の表情がとても良かった!

やっぱり、星野JAPANは、錦の御旗がなかったのかもしれません。
女子ソフトボールは、直前にケガで出場した選手のために、チームが一丸となって戦っていました。
日本男子400メートルリレーは、今年36歳の朝原選手の引退を飾りたいという、その気持ちで4人が一致していたのでしょう。
バトンをつなぐリレーだからこそ、その4人の気持ちの強さが勝利につながったに違いありません。
けれど、星野JAPANの場合、金メダルしか目標がなかった。
自分たちのためという、それだけの動機では、オリンピックという大舞台では勝てないのです。
今回のチームには、精神的な目標がなかったのでしょう。
たとえば、横浜ベイスターズの工藤公康投手が出場していて、北京オリンピックを最後に引退しますとかなら、選手全員が一丸となれたのかもしれないし、ベンチの後ろにアテネ五輪のときの長嶋さんの旗を貼っても、そこそこ行けたかもしれない。
つまり星野JAPANには「自分以外の誰かを思う力」が足りなかったのではないかと思うのです。

人は、自分以外の誰かのために祈るとき、自分の実力以上の力をだせるものなのです。
そして、そのときの表情ほど、輝いているものはない。

私が今回のオリンピックで一番印象に残ったのは、バルセロナオリンピックのシンクロ銅メダリスト奥野史子さんでした。
100メートルリレーでアンカーを務めた朝原選手の奥様です。
ゆかたを着た小さな娘さんを膝に抱き、レース前は冷静にカメラに向って夫の健闘を祈るコメントされていた奥野さん。
それは、朝原選手の妻というよりも、ご自身のお仕事であるスポーツキャスターという視点で、さらにメダリストとしてのアスリート経験を元に語られている、そんなとても客観的なものでした。
そんな終始にこやかに落ち着いた面持ちの彼女は、夫にバトンが渡される直前にただ一度だけ大きな声で「パパ!」と叫んだのでした。
朝原選手がゴールして銅メダルが決まった瞬間も、彼女は口をきつく結び夫の姿を見守りながら、いつもの冷静な自分であろうとしているように見えました。
取り乱すことも興奮することもなく、娘を優しく抱き寄せる姿には、穏やかでいてたくましい力が溢れていました。
胸に去来する思いは、簡単に言葉にできるものではなかったでしょう。
家族としてだけでなく、同じアスリートだからこそわかる苦悩も、あったはずです。
ようやく報われた夫の表情を見ながら、なんども娘さんの背中を優しく撫で、うなづくそのやわらかな表情は、奥野史子さんご自身が銅メダルを獲得したときよりも輝いていたのではないかと、私にはそう思えたのでした。
それは、母になったたくましさなのか。
それとも、夫を支えた妻の強さなのか。

自分のためだけに、人はがんばることができません。
誰かのために祈るときこそ、その力も輝きも増すのです。

スタンドの大観衆の中で、娘を抱きしめて遠くの夫の輝く姿を見る奥野さんは、このオリンピックの中でだれよりも輝いているように見えました。
自分のためでなく、誰かのために祈る女性は、眩しいのです。
つよく、たくましい女はうつくしいのです。

「古来、女性は太陽であった」という言葉を思い出しました。
女性だからといって、なにも内助の功とか縁の下の力持ちである必要などありません。
けれど、女性だからこそ、そのたくましさや強さを輝きに変えることができるのだということを、私に思い出させてくれた北京オリンピックでした。

4年後のロンドンで、また多くの輝いた表情に出会えることを、楽しみにしています。

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