May

10

忌野清志郎が死んだ。

はぴトレについて|May 10,2009 8:01 PM

とっても悲しい。
私が清志郎の音楽が好きだったなんて、みんな驚くかもしれないけど、
私は本当に大好きだったし、思い出がいっぱいありすぎるのだ。
昨日の葬儀、告別式を今朝のワイドショーで大々的にやっていたのを見たけれど、私みたいな人がたくさんいた。
みんな思い出の歌を持っていて、こういうときにこの歌を聞いて元気づけられた、とか、苦しかった時にこの歌が聞こえてきて、今でも忘れない、とか、いろいろな人がいろいろなことをテレビで言っていた。

高校生の時、私は勉強はできたけれど、スムーズに生きていくことができずに、周りの軽さに(友人たちだっていろいろあったと思うけど、私がみんなは気楽でいいよなって思っていたのです)押しつぶされそうになっていた。
「生きづらさ」を感じて、学校の帰りに塾へ行っても鞄を自習室に放り投げて私服に着替え、そのまま繁華街へ向かったあの日も、清志郎の歌が頭の中を流れていた。。

そのまま大学に行って、やっぱり人生の意味を見出せずにいたころも、やはり、清志郎の歌は私のそばにいた。
やさしく、せつなく、そして反骨精神と愛にあふれた、清志郎の不思議な世界。

それらも今では懐かしい思い出。

私が生きることが楽しくなったのは、自分の役割を見つけたから。
この世に生まれてきたからには、世の中のためになること、みんなが幸せになることをしなくちゃいけない。
それを見つけることができたときから、私はとてもハッピーに暮らせるようになったし、強くなった。
だって、自分のことばかり考えるから、悩んだり、苦しんだり、うらやんだり、憎んだり、という感情が湧きおこってくるのだ。
私は、私の身近な人々、家族やスタッフ、友人たちや、患者さん、みんなのハッピーのために、自分にできることはなんだろう、って考える。
そして身近じゃない人のハッピーのためにも、なにかできればいいなあって考える。

おとといの土曜日、連休明けだったから、患者さんは少ないだろうと予想していた。(連休前にたくさんの方が来てくださっていたから)
ところが、結果的にはトイレにも行けないほどの忙しさで、1時間以上も診察を受けるのを待っていただいた方もいて、申し訳ない思いもたくさんした。
(こんなことはめったにないし、いつもはそんなにお待たせしないんですヨ。だから心配しないで来てくださいね)
でもどの患者さんも「今日は忙しいんですね。いいですよー」っていやな顔もせず、待ってくださった。
たくさんの患者さんが来てくださったことも、そうして待ってくださったことも、涙がでるほど有難かった。
そうして思った。
こうしてたくさんの人たちの健康とハッピーのお手伝いをさせてもらえて、私はハッピーだなあと。
そして、忙しいとき、しんどいと言うどころか、たくさんの方に来てもらえて嬉しいと、私と同じことを言うスタッフに囲まれて、私はハッピーだなあと。

こんなふうに毎日夢中で仕事して暮らすうち、清志郎のことは、ずーっと長い間思い出さなかった。

喉頭がんに倒れ、でもブルースを楽しむように治療に取り組み、見事復活したとき、私は十数年ぶりに清志郎に再会した。闘病、という気負いは全く感じさせない、ロックな清志郎を見た。

それなのに、死んでしまうなんてね。

葬儀に参列した四万人以上の人だけじゃなく、清志郎は本当に大勢の人を元気づけて、勇気づけた。
これこそ、生まれてきた甲斐があるというもの。

私もかくありたい。

清志郎、さようなら。ありがとう。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://www.tokikoclinic.com/cgi/mt3/mt-tb.cgi/172

コメント

コメントを投稿

名前:
メールアドレス:
URL:
この情報を保存しますか?
はい いいえ
 

コメント: